本当は、サッサとやっちまえばいいのだろうけど、
子供の頃から、グズで横着な私は、することがいっぱいあっても、
切羽詰まるまで行動を起こさない。
ちょうど、夏休みの宿題を8月31日に泣きながら(後悔しながら)
やり終えなかったように・・・。
結局、9月の新学期に入ってからも中途半端に宿題を終わらすことができず、
うやむやのまま過ぎ去っていって、次の夏休みも同じことを繰り返してきた。
喉元過ぎれば・・・、の繰り返しであった。
それで良かったわけではないが、自分で作り出した苦境に対峙することによって、
土壇場には強くなったような気がする。
そして、
命を落とすほどの修羅場に直面したことが2度ほどあったおかげで、
普通の生活を送っている時に起きる切羽詰まった状態なら
「命まで取られるほどの大したことではない」と居直れるようになった。

ま、そんなことはどうでもいいとして・・・、
今日(13日)から、2週間ほどは束縛されるような用事がない。
とは言うものの・・、
することは、いくらでもある。
やっとけばいいことも、たくさんある。
でも、強制されていないから、時間の制限がないから、自由である。
と、思っているのだが・・・、
時がくれば、あの時、やっとけばよかった。と思うんだろな・・、
ぐらいの想像はつく。

つまり、調整のつく時間はある。
カネは無いけど、少しぐらいなら自由になる。
健康に一抹の不安はあるが、体力はある。

無いのは、気力か?(笑)

そんなことは無い。
遊ぶことに関しては、触手が脈動している。ドッキンドッキンと(笑)

♪~ハハ、ノンキダネ~


コメント

せきやん
2009年4月13日16:10

野球チームが出来るほどの兄弟の末っ子ゆえ両親は明治期の人。よって忘却の彼方の人の道を踏み外した不幸モノです。
親がいないというのは実に寂しきモンですね。
小学生の頃に親離れその後の会話「0」脱皮したのですが
お墓に向かい手を合わせています。
・・さればとて石に布団は着せられず・・
親孝行は自己愛の裏かえしかも知れないようでしね。

一砂 心
2009年4月14日0:36

「孝行の したい時分に 親はなし」
今の母は、私の二人目の母ですが、物心つかない頃からの育ての親で、
実母も同然だったため、私はすでに恩返しのつもりで親孝行は、してきたつもりです。
でも、それ以上に親不幸なこともしてきたので、プラスマイナスゼロ?(笑)
いやいや、まだ足りないとは思います。
親に対する感謝も憎しみも両方ありましたが、今はもう、
親が生きている間だけでも、子供らしいことを、してあげようと思っています。
それが、母に通じなくてもいいのです。

おっしゃるとおり、自己愛のうらがえしかも知れません。

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